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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)4806号 判決 1991年3月26日

原告

竹内純一

右訴訟代理人弁護士

小野邦明

被告

コスモ油化株式会社

右代表者代表取締役

浅井忠夫

右訴訟代理人弁護士

力野博之

辻内隆司

主文

一  原告が、被告に対し雇用契約上の地位を有することを確認する。

二  被告は、原告に対し、昭和六二年六月から毎月二五日限り金二六万六七〇八円を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は第二項(ただし、期限未到来の部分を除く。)に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告会社は、工業用油脂、食用油、動物油及びその誘導体の加工、販売を業とする会社である。

原告は、昭和五六年一一月ころ、被告会社に雇用された従業員である。

2  被告会社の賃金支払方法は、毎月二〇日締めの二五日払であり、原告は、昭和六二年三月分として金二六万三一二五円、同年四月分として金二六万八五〇〇円、同年五月分として金二六万八五〇〇円の給料の支払を受けた。

3  被告会社は、原告をすでに解雇したものとして、原告が被告会社の従業員たる地位にあることを争い、かつ、昭和六二年六月分からの給料を支払わない。

4  よって、原告は、被告に対し、原告が雇用契約上の地位にあることの確認を求めると共に、給料として昭和六二年六月二五日から毎月二五日限り本件解雇前三か月の平均賃金である金二六万六七〇八円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実は認める。

三  抗弁

1  被告会社は、昭和六二年六月四日、「原告が被告会社に勤務期間中、再度の戒告にも拘らす上司又は会社の指示に従うことなく、改善の意志が全く見られず社員のモラルを低下させ、会社の発展に反する行為が縷々有った。」として、原告に対し、普通解雇の意思表示(以下、本件解雇という。)をした。

2  本件解雇の理由は、以下のとおりである。

(一) 被告会社は、代表者取締役を含め一〇名余で構成している小企業である。このような会社においては、役員を含む全社員の一致協力による人の和をもって、得意先等顧客の要望に誠心誠意答えることが、その存続にとって不可欠である。しかるに、原告は、同人が被告会社の前社長の長男であり、かつ同社の株式を保有していることから、自己が一従業員であることを忘れ、自己の好む業務のみを自分勝手に行い、上司の指示に従わず、同僚には手を貸さず、得意先の意向を無視し、あまつさえ被告会社の信用を害する態度に終始している。以下、具体例を述べる。

(1)<1> 昭和六〇年六月ころ、原告は、被告会社の創業以来の取引先である佐野インキ工業株式会社に商品を納入した際、同社所定の納品場所に商品を納めず、工場前の道路にこれを放置して帰社した。これにより、被告会社は佐野インキ工業株式会社の社長から厳重な注意を受けた。

<2> 同年八月ころ、原告が富士化成品工業所へ商品を納入した際にも、<1>と同様指定の場所に納品せず工場前の道路に商品を放置して帰社したため、被告会社は厳重な注意を受けた。

<3> 同時期ころ、原告は、枚方のホルベイン工業へ商品を配送するに際し、トラックの荷台後部の扉を開いたまま走行し、このため、出発後一kmほど走ったところでドラム缶一個を道路上に落としたが、これに気付かないまま走り去った。被告会社はこれにより警察から大事故になりかねなかったとの厳重な注意を受けた。

<4> 同年六月ころ、原告は、被告会社の大口の取引先である太陽化学工業株式会社へドラム缶を配達した際、同社より右ドラム缶にくぼみがあることを指摘されたにもかかわらず、「私は知らない。会社に言ってくれ」等の言葉を述べ、右対応の悪さから同社への出入りを禁止された。

<5> 昭和六一年七月ころ、原告は、被告会社の指示もないのに勝手にアルバイト学生を一週間位雇い入れた。

<6> 同年七月下旬ころ、原告は、被告会社が営業兼配送用として原告に利用させていた被告会社所有の車を無断で廃車処分にしようとした。

<7> 同年一〇月初めころ、得意先のアルス色彩工業株式会社から被告会社へ急ぎの注文が入った際、右注文を受けた原告が「今人がいません。後で社長が持っていきます。」と返答したにもかかわらず、何らの処置も講ぜずこれを放置したため、アルス色彩工業株式会社から厳重な注意を受けた。

<8> 昭和六二年一月ころ、得意先の佐々木甚商店から急な注文があった際、右注文を受けた原告が勝手にこれを断ったため、後日同社から別会社に注文したとの指摘を受けた。

<9> 同年二月ころ、原告が、被告会社の主力取引銀行である三和銀行天満支店の営業担当行員に対し「被告会社の資金繰りが悪くなっている。」等被告会社の信用を害する言動をしたため、被告会社の代表者である浅井が右行員に呼び出されることがあった。

<10> 同時期ころ、原告は、被告会社の指示もないのに、何度となく採算を度外視して商品の発送を運送会社に依頼し、これにより被告会社に損害を与えた。

<11> 同年六月一日、五月三〇日の打合せにより原告が伊賀塗料への配達を担当することが決められていたにもかかわらず、当日になり突然右配達業務を拒否し、上司、同僚の説得にも応じなかった。

(2) 原告は、右例示行為の都度、被告会社の上司、先輩、同僚等から戒告、厳重注意、忠告等を受けたにもかかわらず、何ら改善するところがなかった。

(二)(1) 右で述べた原告の行状、態度は、被告会社の就業規則上の懲戒解雇事由(第四六条八ないし一〇号)に該当する。しかし、被告会社は、原告の将来を考慮し、就業規則第四八条(普通解雇事由を定めた条項)の三号「やむを得ない経営上の都合によるとき」に該当するものとして、原告を普通解雇した。

したがって、本件解雇は有効である。

(2) 仮に右第四八条三号がいわゆる整理解雇に準ずる解雇事由を定めたものにすぎないとしても、同条の各号は、使用者と従業員との間で雇用契約を継続し難いやむを得ない事由がある場合には使用者は従業員を普通解雇できるとの趣旨のもとに、この典型的な事由を例示的に列挙したものにすぎず、右各号に該当しない場合においても、使用者は雇用契約を継続し難いやむを得ない事由があるときは従業員を普通解雇できるものというべきである。そして、一で述べた原告の行状、態度が雇用契約を継続し難いやむを得ない事由に該当することは明らかである。

したがって、本件解雇は有効である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  抗弁2について

(一) 同(一)の冒頭部分のうち、原告が被告会社の前社長の長男であり、同社の株式を保有している事実は認め、その余の事実は否認する。

(1)<1> (1)<1>の事実は否認する。

原告が、佐野インキ工業株式会社に納品に行った時、同社工場には誰もいなかった。原告は、予め同社が納品されるのを急いでいると聞いていたので、事務所の机の上に伝票を置き、商品を工場の門の通行の邪魔にならないところに置いて帰ったのである。

<2> 同<2>の事実は否認する。

<3> 同<3>のうち、原告が枚方のホルベイン工業へ商品を配送する際に、トラックの荷台からドラム缶一個を道路上に落とし、これに気付かないまま走り去った事実は認める。

ただし、落下の理由は、荷台の扉を開いたまま走行していたのではなく、ロープを掛けていなかったためである。

<4> 同<4>の事実は否認する。

<5> 同<5>の事実は否認する。

原告は、会社の指示のもとにアルバイト学生を雇ったものである。

<6> 同<6>の事実は否認する。

この件は要するに原告が被告会社において利用していた車の車検が切れてしまったというだけのことである。車検等の手続は被告会社がなすべきことであるから、これにつき原告が責任を問われるいわれはない。

<7> 同<7>の事実は否認する。

<8> 同<8>の事実は否認する。

<9> 同<9>の事実は否認する。

<10> 同<10>の事実は否認する。

原告が、商品の発送を運送会社に依頼したことはある。しかし、それは会社の配送が手一杯で自社で配達することが不可能だったからである。原告は、被告会社の信用に配慮して業者に手配したものである。

<11> 同<11>の事実は否認する。

原告は、昭和六二年五月三〇日、被告会社の井上から六月一日に配達の仕事を手伝ってくれと言われ、これを承諾した。しかし、この時点では配達先が三重県上野市であることは知らなかった。原告は、当日になってこのことを知らされたが、原告はそこに配達した経験はなく、また、別の仕事もあったので、別のところへ行かせてほしいと頼んだにすぎないものである。

(2) 同(2)の事実は否認する。

原告が、被告の例示する所為につき就業規則に定める懲戒処分としての戒告等を受けたことは一度もない。

(二)(1) 同(二)(1)の事実は否認する。

前記のとおり原告の行為に懲戒解雇事由に該当するものはなく、また、原告は、懲戒解雇の前提としての懲戒処分を受けたこともない。

さらに、被告会社の就業規則第四八条第三項は、その文言からして、いわゆる整理解雇及びこれに準ずる解雇(例えば、会社の業績は悪化していないが、その業務内容に大きな変化があったため、会社が当該従業員を必要としなくなった場合)を定めたものと解するのが相当である。したがって、被告会社が主張する解雇理由はそれ自体失当である。

(2) 同(2)の事実は否認する。

使用者が就業規則において普通解雇事由を定めた場合には、使用者が解雇事由を自ら制限したものというべきであるから、就業規則に規定されていない事由に基づく解雇は許されないものと解すべきである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する(略)。

理由

一  請求原因1ないし3の事実及び抗弁1の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件解雇の効力につき判断する。

1  被告が原告を解雇する原因となったと主張する具体的事実の有無

被告代表者本人尋問の結果により成立の認められる(証拠略)、原告、被告代表者各本人尋問の結果(いずれも一部)によれば、(1) 原告は、佐野インキ工業株式会社及び富士化成品工業所に商品を納入した際、納品場所につき配慮を欠いた行為がしたこと、(2) ホルベイン工業へ商品を配送した際、原告の荷積み方法に過失があり、ドラム缶一個が路上に転落したこと、(3) 太陽化学工業株式会社へドラム缶を配達した際、原告と同社との間でトラブルがあったこと、(4) 原告がアルス色彩工業株式会社及び佐々木甚商店からの注文を受けた際、その応答が適切ではなかったこと、(5) 被告会社の代表者である浅井忠男は、被告会社の主力取引銀行である三和銀行天満支店の行員から「原告が被告会社の資金繰りが悪くなっていると言っている。」と聞かされたことがあること、(6) 原告は、独自の判断で商品の配送を運送業者に注文したことが一度あり、浅井忠男がそれを注意したところ、「以後気をつけます」と述べたこと、(7) 原告は、三重県上野市への配達を命ぜられた際、地理に不案内なことを理由にこれを拒否したこと、以上の事実が認められる。

なお、原告が被告会社に無断でアルバイト学生を雇ったとの事実及び原告が被告会社所有の車を無断で廃車処分にしようとした事実を認めるに足りる証拠はない(その旨を供述する被告代表者本人尋問の結果は措信できない。)。

2  1で認定した原告の所為(以下、原告の本件所為という。)は懲戒解雇事由に該当するか。

従業員に就業規則所定の懲戒解雇事由に該当する所為があった場合においては、使用者は、右所為が同規則所定の普通解雇事由に該当しない場合であっても労基法上の制限の範囲内で当該従業員を普通解雇することができるものと解するのが相当である。そこで、原告の所為が懲戒解雇事由に該当する否かにつき判断する。

被告は、原告の本件所為が就業規則第四六条八号ないし一〇号に該当する旨主張し、成立に争いがない(証拠略)によれば、被告会社の就業規則第四六条八号は「数回、懲戒を受けたにも拘らずなお改悛の見込がないとき。」、同条九号は「前条(出勤停止事由を定めた第四五条であり、一号は『酒気を帯びて就業したとき。』、二号は『作業を妨害し、又は職場の風紀秩序を乱したとき』、三号は『職務の権限を超えて独自の立場にて作業し、そのことにより会社に損害を与えたとき。』、四号は『その他前各号に準ずる行為のあったとき。』である。)に定める違反行為でその情状悪質なもの。」、同条一〇号は「その他前各号(一号は『火気の取扱い不注意により火災を発したとき。』、二号は『無断欠勤一四日以上に及ぶとき。』、三号は『職務及び会社の秘密を漏らし、又は漏らそうとしたとき』、四号は『会社の同意なく在職のまま他に勤務したとき。』、五号は『上長又は同僚に対して暴行をなし、又は不当に脅迫行為をしたとき』、六号は『詐欺をもって入社したとき。』、七号は『職場を利用し不正に金品を得たとき。』である。)に準ずる行為のあったとき。」とそれぞれ規定されていることが認められる。

そこで考えるに、まず、原告の本件所為のうち就業規則第四六条九号、一〇号に該当するものはない。次に、同条八号についても、(証拠略)、被告代表者本人尋問の結果によれば、本件解雇までの間において、被告会社が原告の本件所為に対し就業規則第四三条に定める懲戒処分をしたことはなかったことが認められるから、原告に同号に該当する事由がないことは明らかである。

したがって、原告の本件所為が懲戒解雇事由に該当する旨の被告の主張が理由がない。

3  原告の本件所為は被告会社の就業規則第四八条三号に該当するか。

(証拠略)によれば、被告会社は就業規則第四八条において普通解雇事由を定め、その三号は「やむを得ない経営上の都合によるとき」と規定されていることが認められる。

そこで、まず、そもそも右三号の規定が、被告が本件で原告につき主張するような解雇事由を定めた条項であるか否かにつき考えるに、被告代表者本人尋問の結果中には、「三号の規定する領域は広い。一般的には会社が傾いた時とかだと思うが、原告のような場合もあてはまると思う。」旨の供述部分がある。しかし、右条項の文言解釈からすれば、同条項は、会社経営が不振になり合理化のために従業員数を減らす必要が生じたとき、あるいは会社の事業部門に大幅な変更があり従来雇用していた従業員を必要としなくなったとき等において、会社が従業員を普通解雇できることを定めたものと解するのが自然であること、また、解雇が従業員にもたらす結果が重大であり、就業規則が使用者が一方的に作成するものであることからすると特段の事情がない限り解雇事由を定めた条項を拡張解釈すべきではないことからすると、右特段の事情を認めるに足りる証拠のない本件においては、四八条三号は、前記文言解釈のとおりいわゆる整理解雇及びこれに準ずる事情による解雇を定めたものと認めるのが相当である。

したがって、原告の本件所為が同号に該当するものとは到底認められない。

4  原告の本件所為が就業規則第四八条三号に該当しない場合においても、本件解雇は有効か。

(一)  被告会社の就業規則第四八条の規定は、普通解雇事由を限定列挙したものか。

被告代表者本人尋問の結果によれば、就業規則を作成した被告会社の代表者である浅井忠夫は、普通解雇事由は第四八条各号に限定する趣旨でこれを作成したことが認められることからすると、一般論としてはともかく、被告会社の就業規則第四八条は普通解雇事由を同条各号に限定する趣旨の規定であると解するのが相当である。

したがって、前判示のとおり原告の本件所為が第四八条三号に該当しない以上本件解雇が有効となる余地はないものというべきである。

(二)  なお附言するに、仮に、就業規則第四八条を被告が主張するように例示列挙と解することができたとしても、当裁判所は、本件解雇が有効であるとは考えない。以下、その理由を述べる。

確かに、原告の本件所為には、通常の従業員としての注意力を欠いているもの(1の(1)、(2)及び(5))、職務に精励しているとは言い難いもの(1の(3)及び(4))、従業員としての立場をわきまえていないと非難されても仕方がないもの(1の(6)及び(7))があり、原告が被告会社にとって「期待される従業員」でないことはこれを認めてよい。

しかし、使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効になるものと解すべきである。

これを本件について見るに、原告の本件所為は、個々的には些細なでき事と見る余地もあり、現にこれらによって被告会社が具体的にどのような迷惑、被害を蒙ったのかを認めるに足りる証拠はないこと、被告会社が本件解雇までの間に右所為に対し就業規則に定める懲戒処分を行っていないことは前記認定のとおりであるのみならず、原告を叱責しあるいは教育すべくどのような具体的手段を講じていたのかを明確にする証拠もないこと、原告、被告代表者各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告と被告代表者浅井忠夫とは義理の兄弟であり、両者間には原告の父親の遺産を巡って紛争が生じており、このことと本件解雇とが全く無関係とは言い切れないことが認められること等の事情を併せ考えると、原告の本件所為に対し解雇をもってのぞむことはやや苛酷にすぎるというべきであり、本件解雇を社会通念上相当なものとして是認することは困難である。

したがって、被告会社の就業規則第四八条を例示列挙と解したとしても、本件解雇は解雇権濫用として無効といわざるを得ない。

5  してみると、本件解雇は無効というほかない。

三  以上によれば、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野々上友之)

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